【ファウンダー日記】3という数字
(その5…東京は3だけど)

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東京が3というのは電話の市外局番のこと。一般的には03と言うが、0は国内局線への発信信号なので正確には3番。
因みに、1ケタの局番は大阪の6と一部地域の4の3エリアだけで、それ以外は2~4ケタになっている。但し、一般電話は0AB-Jと称されるように、0を含み全国10ケタの番号で統一されている。

これに対し、国土の広いアメリカは全て3ケタのエリアコードのようだ。桁違いの数のコードの割り振りは、日本や韓国の様にきれいに北から並んでいる訳ではない。
勝手な想像だが、全米の主要都市に若い番号が振られていることから、発展の度合い、電話普及の進捗に応じて適宜局番が付与されてきたのだろう。
取引の関係でお隣の韓国とのやり取りがあるが、ソウルは2、そこから南に順に番号が振られており、日本の感覚と同じだ。レガシーが無いときれいに整理できるということの証明と思うのは飛躍した感想だろうか。

ところで、3ケタの特殊な番号計画がある。
1XY 特番では、119、110という架けたことはないが馴染みの緊急番号がある一方、昔お世話になったがもう使っていないサ-ビスの104(店の番号を良く調べた)や117(時間合わせにも使ったが、システムテストで通話状態が欲しいときに便利)、177(これでゴルフの可否を決めたこともある)がある。142でのボイスワープはテレワークの普及もあり今でもよく利用されているのではないか。発信者番号通知拒否の184“いやよ(嫌よ)”、これはケータイの普及とともにあまり意識しなくなった概念だ。

私がテレマーケティングに関わりだした1990年ころ、加入電話は6000万台といわれていた。その時代に決められていたものは、ケータイの時代とはマッチしないような気がする。今や2000万台しかない固定電話、そろそろ我が家でもお蔵入りの時が来たようだ。
今流の番号は“いやや(嫌や)”らしい。悪質商法に脅かされたら188の消費者ホットラインへとのこと。また、児童虐待などの通報や相談は“いちはやく”189、そして災害の多い昨今、ケータイがつながらない状況になれば、伝言ダイヤル 171(忘れてイナイ?)を思い出して活用してほしいと思う。

話は転じるが、国際的な番号=国の識別電話番号はITU(国際電気通信連合)勧告で制定された番号計画がある。
その番号計画は1から3ケタまでの国番号になっているが、当然、電話の国アメリカ(北米)が1番である。東アジアでは、81(日本)、82(韓国)、84(ベトナム)、86(中国)の順で並んでいるが、850の北朝鮮、852の香港、886の台湾などの番号を見ると、歴史的な背景を感じる。

アルファコムでは、アメリカ、イスラエル、韓国の法人との取引実績がある。イスラエルは戦後の建国で972 だ。
ところが、番号表を眺めていて偶然見つけた驚くべき番号計画が2番だ。北米の1番の次は、なんとエルサレムであった。
米国が   世界の国々や人々の反対を押し切ってイスラエルの大使館をエルサレムに移したが、この2番にはどんなメッセージが込められているのだろうか。最小のエリアで最少の回線数の国?番号・・本来機能からすると不要と思われる・・歴史、民族、宗教、経済、政治、科学・・計り知れない様々な要素がそこには秘められているのだろう。

もう20年以上も昔のことになるが、米国の大手通信システム企業からイスラエルへの招待を受け、気が進まないまま訪問したことがある。(因みに、経営陣がユダヤ人である米国のハイテク企業の多くはテルアビブに開発拠点を持ち、現地の優秀な人材を活用。また、若いエンジニアがイスラエルに帰還できるチャンスも提供。)
その時はフランクフルト経由だったが、そこにはテルアビブ行き専用の狭い通路があった。なんか変だなと思いながら渡っていくと、小銃を持った兵士の脇を抜けて尋問台のある場所に辿り着く。そこは事実上のイミグレーションであり、尋問する担当と後ろでメモを取っている(素振りだけにみえたが)担当の二人に数十分に亘る5W1H の尋問を受けることとなった。同じことをもう何回も答えていると抵抗しても、“安全のためだから”としつこく訊いてくるのには閉口した。ところが、いざテルアビブに到着してみると審査なしで拍子抜け。今度は親切そうな女性がやってきて、パスポートに入国スタンプを押すかと訊いてきた。当然押すと答えると、隣接のアラブ圏には入国できなくなるとの忠告。

ま、そんなことがあり、招待してくれた企業を訪問したが、日本の通信や電話会社の状況を説明したこと以外はその内容はあまり記憶にない。結局は現地の社長による面接だったが、お眼鏡に適わなかったのだろう。
その後はEVPの車でエルサレムを案内してもらい、城壁内の薄暗い通路をウロウロ、三層宗教構造の複雑な情景を目の当りにし、何となく不気味な雰囲気を味わったというのが正直な感想だ。嘆きの壁に近づいて触れてみる勇気はなかった。美味いワインとフランス?料理の夕食がやっぱり本場だなという印象だった。

翌日は私をイスラエルに誘ってくれたその会社の知人が地元の街を案内してくれた。
何しろ歴史のあるところだ。今も続くパレスチナ4000年の歴史を感じながら、地中海最古という触れ込みのヤッファ港岸壁のテラスで味わう地中海料理も堪能できた。ディアスポラと称され世界各地に散り散りになったユダヤ民族の心のふるさとを感じる場所だった。
同様に長い歴史を持っている中国人の場合は華僑という形で東南アジアを中心に世界で活躍している(もちろん、苦力の歴史も忘れられないが)。欧米に居てもユダヤ人がその民族意識を失わないことやイスラエルやエルサレムに回帰することと、中国人の本国還流や華僑が中国の本国籍を失わないということなどは、方法論は異なってもディアスポラにたいする“向心力”なのかもしれない。ユダヤ人はファミリーはもちろんのこと知人のネットワークを大事にする。中国人も血縁・地縁、一族郎党だ。

2000年からユダヤ系の米国コールセンターシステム企業と取引が始まった。その後は、コンピュータパズルや組み込みソフト、ダイヤモンドEC取引サイトなど、イスラエルの会社から次々と声をかけられ、その都度専門外のビジネスだと断ってきたけれど、Tomodachi作戦には勝てずお手伝いしてきた。今では、当時のスタッフが夫々の会社の日本代表を務めている。

ところで、ヤッファはYafo、私のチケットやホテルを手配してくれた秘書がNaomi、発音はちょっと違うが日本語との共通性を見ることができる。
「日本人=ユダヤ人」同祖論がいろんな側面から論じられている。私は、複式簿記の近代性と往復天秤棒の効率性、三方よしの社会性を備え持った近江商人が文化的見地での同祖と思いたい。

電話番号の話からユダヤに飛躍したが、最後に電話環境の大きな変化の認識をしておきたい。
2020年ISDNサ-ビス終了/第5世代(5G)の商用化と2025年のPSTNからIP網への移行完了である。既にNTTグループでの再編が始まっているが、周辺産業の対応はどうであろうか。先に述べた0AB-J番号の地域識別性と社会的信頼性はどうなるだろうか。番号ビジネスも活発になってきそうだ。従来型のシステムやサ-ビスはほぼ無くなっていく一方、新しい概念のサ-ビスが出てくることは間違いない。電話会社そのものの消滅とネットワーク産業への転換が注目される。

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