【ファウンダー日記】「なにを遺せますか」建造物 その1

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前回は、中野孝次さんの「何を遺せますか」という本に触発されて、自問自答しようとしたのだが、結局、親の形見分けという最も身近で、かつ現実にあったことを紹介することに終始してしまった。

今回もごく身近なところで、日ごろ通勤時に眺めている建造物の遺産物語としたい。

毎日、神田近辺から京橋辺りまで通っていると、日本橋・京橋界隈の古いビジネス街がどんどん新しくなっていることに気付かされる。東京駅の向こう側の三菱村に対抗するように、老舗の多い日本橋が三井グループなどによって変わり始めている。
先ずは神田・鍛治町の丸石ビル。

中央通りから入ったところに在るので目立たないが、今どきこんな優雅なビルがあるとは驚きである。

関東大震災の数年後、世界恐慌の年に着工され、1931年の竣工とのことで、東京大空襲にも耐えきって、80年以上の歴史を誇り、改修されながら大切に残っている現役ビルだ。

千代田区の案内サイトによると、「6階胴蛇腹と頂部のテラコッタ製蛇腹で外観に変化を与えています。」との説明があり、デザイン的にも殊の外拘ったビルという印象だ。

この建物で一番驚かされるのは、1階部分の彫刻の数々である。

1階は総竜山石づくり。
竜山石は高硬度ながら加工が容易で火にも強いと言われている。

何年か前に、黒ずんだ外壁がきれいに洗浄され、鮮やかな黄色の外壁と彫刻が蘇った。
このビルの設計は、山下寿郎という方で、この方は日本初の超高層ビルである霞が関ビルの設計もされたという。

霞が関ビルは1968年竣工なので、1931年の丸石ビルから数えて37年後。
二つのビルはその間の建築設計技術の発展、変貌ぶりを我々に分かりやすく示してくれていることになる。
日本初の超高層ビルも竣工から46年になる。

私は、このビルができたてほやほやの1969年に、同ビルの真ん前の会社に入社したので、ことの他、思い出と思い入れのある建物だ。
丸石ビルの正面には文化庁の銘板があり、国の文化財になっている。
そこには、
“この建造物は貴重な国民的財産です”
とある。

次回は、江戸橋の三菱倉庫・旧本社を紹介したい。
あ、あのビルかと思われる方も多いと想像できる建物である。

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